作曲家 パウ・カザルス

《 プログラム・ノート 》

🔸パウ・カザルスは幼少期から作曲家だった

チェリスト、指揮者として演奏活動を続けたパウ・カザルスPAU CASALSは、1876年12月29日(スペイン)カタルーニャ地方のアル・バンドレイで生まれ、1973年10月22日にカリブ海の島・プエルト リコで没しました。
パブロ・カザルスPablo Casalsというスペイン語名で知られていますが、本名はカタルーニャ(カタロニア)語のパウPAUで、「平和」を意味しています。
パウ・カザルスは6歳で「マズルカ」を作曲するなど、生涯をとおして作品を編み出してきました。
故郷カタルーニャに旧くから伝わる民謡「鳥の歌」の編曲や、弦楽四重奏曲、声楽作品、合唱曲、ピアノのための小品、チェロのための小品などが繰り返し演奏されてきました。
作風はシンプルな中に民族的な趣を漂わせ、虚飾をきらったカザルスの生きざまがよくあらわれています。

ところが生前のカザルスは、自作品の出版には積極的ではなく、「後世にゆだねる」として、若干の作品しか公開してきませんでした。

🔸パウ・カザルスがのこした唯一の「ソナタ」
~ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ニ長調[作曲年代1945~1972]~

1945年、第二次世界大戦が終わった直後。多くの国々がスペインのフランコ政権を容認しはじめました。カザルスはファシズムへの抗議をもって、演奏活動を停止します。
同年、カザルスは「ソナタ ニ長調」の作曲に着手します。自身が演奏するチェロではなく、ピアノとヴァイオリンのための作品にとりかかったのです。
戦争は終わったものの祖国には戻らず、案じ続けるカザルス。未来への展望がくすむ日々に案出されたモティーフは、決して穏やかなものではなかったでしょう。

「ソナタ ニ長調」は、カザルス唯一のソナタ作品です。またこの編成 (ヴァイオリンとピアノ) の作品としても、唯一のオリジナル作品です。
1945年にフランス・ピレネー=オリアンタル県のブラドで構成が練られ、作曲が開始されましたが、この時は、第1楽章で作曲が中断されました。そして、1955年にプエルトリコに移住してからも作曲は続けられます。

「ソナタ」が演奏された記録がありました。
1976年12月に、カタルーニャのアル・バンドレイやバルセロナで〈カザルスの誕生日を祝うコンサート〉が開かれました。バルセロナのカタルーニャ音楽堂では、I.スターン(Vn)とE.イストミン(Pf) が、がソナタの第1楽章を演奏しています。フランコ政権への抗議を続けるカザルスは不在です。

🔸27年間にわたり練られ続けた「ソナタ」

1945年より27年間経た1972年に、3つの楽章が完成しました。カザルスにとって69歳から95歳の年月です。1939年の着想からは、33年余の歳月となります。
激動の世界情勢と人生を、音に綴ったのでしょうか。美しいメロディラインに包まれ、希望にあふれるロマンティックな部分と、憤りや不安を表徴したかのような音の連続もみられます。長年にわたる心もちの変化と、変わらない不屈の精神が溶け合い、音楽へ昇華されてゆきます。

幾度も作曲のペンをとめながら振り返り、そしてまたあらたな創作へと踏み出してゆきながら、「ソナタ」は編み出されました。カザルスの慎重さと優れた記憶力があってのことでしょう。しかし、4つ目の楽章に取り掛かったところで、ペンは置かれました。

カザルスの故郷への帰還は、生前実現しませんでした。
その想いが「未完」に重なるとすれば、この「ソナタ」は亡命と正義の歴史が刻まれた人生史ともいえるでしょう。

🔸オリジナル楽譜が再現されるまで

私は「ソナタ」を知ることはできないだろう、と半ばあきらめていました。
なんと、2010年、バルセロナの楽譜出版社Boileau(ボアロ)が、カザルス作品を出版しはじめたのです。
その第1冊目が「ソナタ」でした。出版された楽譜は、コンピュータの楽譜制作ソフトで作成された、判読しやすい楽譜です。
私はテーマをはじめとする作品の分析、とりわけカザルスが最も力をこめて書いたと思われる第2楽章の解析にかかりました。
しばらくして、私はカザルス自身の息づかいについて熟考するようになりました。彼の演奏やことば、そして解釈を私なりに目と耳と心に取り込み、「ソナタ」への探求を試みました。
音楽はあでやかに私の心に届いてきます。
ところが、しばらくして私にはカザルスの肉声が少し遠く感じられるようになりました。

そこで私は、「パウ・カザルス財団」へ連絡を取ってみました。所在地はアル・バンドレイの海岸沿いにあるカザルス博物館です。
私は、演奏と録音の計画を財団に報せ、研究対象として筆写譜をみせてもらえるかどうかを尋ねました。
財団と情報交換を重ねたのち、私のてもとに筆写譜がデータで届けられました。それは、カザルスの弟でヴァイオリニストのエンリケ・カザルスが筆写した楽譜です。
胸躍る心もちで、音を拓いてゆきました。
そこには、コンピューターソフトでは置き換えきれない筆致のかずかず、小節内におさまりきれない音符たち、幾度も書き直された箇所などが読み取れました。
それらを一音ずつ解いてゆくうちに、「ソナタ」がパウ・カザルスの人生と魂がわきたつ、篤く重い作品であることがよりけざやかに迫ってきました。

こうしてオリジナル楽譜による録音と演奏は、2014年3月から5月にかけて私とピアニスト・榎田まさしさんが世界ではじめて取り組むことになりました。
私にとっての心の師であるパウ・カザルスの作品と、このような形で向き合うとは、私の未来予想図にはありませんでした。
演奏を重ねるたびに、また新しい発見を体験しています。✏️

〈松野迅ヴァイオリンリサイタル~平和ねがいて 弦なりやまず~〉コンサートプログラム@大阪/羽曳野市 Licはびきの ホールM 2018.8.11.14:00【一部改編】

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