ピアノ。 そして、ピアニスト

「ピアニスト」との出逢い。心に響く「ピアニスト」と出逢えたときの喜びは大きい。

鍵盤楽器、とりわけピアノを演奏する人は、この地球(ほし)に星の数ほどいる。しかし、音楽的な感性や知恵よりも、キーを打鍵することが優先される演奏に私は数え切れないほど遭遇してきた。

弦楽器弾きである私にとって、ピアノは弦楽器の仲間だという親近感を抱いている。擦(弓)弦楽器と打弦楽器という発音手段は異なれど、弦を鳴らして音楽を創ることにはなんら変わりはない。しかしピアニストの多くが、ピアノも弦(絃)楽器のひとつであることを忘却しているのでは・・・と思う局面にしばしば出会う。 “ピアノ。 そして、ピアニスト” の続きを読む

「無伴奏」に無歓心

「無伴奏チェロ組曲」「無伴奏合唱団」・・・これらの文言に接すると、私は日本が西洋音楽を受容していった時代に想いを馳せる。

いつから「無伴奏」という3文字熟語が巷で使用されるようになったのかはつまびらかではない。ちなみに『広辞苑第六版』(岩波書店)に「無伴奏」の項目は見あたらない。「伴奏」の項目に関連事項としての「無伴奏」表記はない。

日本の音楽界と音楽産業界は、作曲者の意図や歴史の背景と深く関わることなく、無意識のうちに「無伴奏」を使用しているように思えてならない。無関心と無頓着からたどる無理解の域にある。

ときに、「伴奏の有るもの」に比して「無伴奏」が、格式や次元の高い象徴として使用されていたりする。これは二重の誤謬であり、本質を遠ざけている。日本語特有の表現「無伴奏」を、その生い立ちや成長ぶりから内容を考えてみたい。といっても、資料が豊富にあるわけではない。 “「無伴奏」に無歓心” の続きを読む

『強制収容所のバイオリニスト』 ビルケナウ女性音楽隊員の回想

バイオリニスト
ヘレナ・ドゥニチ・ニヴィンスカ著/田村和子訳 2016年12月25日初版◆新日本出版社

本書は、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の女性囚人音楽隊でバイオリンを弾いていたポーランド人、ニヴィンスカの貴重な記録である。反ナチス活動家を自宅に下宿させたことを理由に逮捕されたアーリア系の彼女は、慎重にことばを選びながら、重い人生体験を綴っている。
複雑に絡み合う人間関係と家族への深い愛情が、事実に即し感情を抑えて書かれている。しかし行間から溢れでる苦闘の足跡に、私の心は揺さぶられ続けた。 “『強制収容所のバイオリニスト』 ビルケナウ女性音楽隊員の回想” の続きを読む

ロベルト・シューマン著 『音楽と音楽家』

芸術の深奥に迫る豊かな内容
松野 迅

いりいりと燃ゆるペン先から、炎(ほむら)が立ち昇る。朱(あけ)に染められた情念や情熱もあれば、忿怒(ふんぬ)の黒煙もみえる。
歌曲集「詩人の恋」、「トロイメライ」などの作品で知られる、ドイツの作曲家ロベルト・シューマン(一八一〇~一八五六)は、音符だけでなく数多くの執筆を行った。クララとの愛が連綿と綴られた往復書簡、自ら立ち上げた〈音楽新報〉への執筆と、筆勢は湧出(ゆうしゅつ)する。
主な筆蹟(ひっせき)を集めたこの書籍だけでも、豊かな芸術の深奥(しんおう)に迫る内容に興味は尽きない。

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