ゴーシュからの左右考

わたくし、まつのじんは、幼い頃からヴァイオリンを演奏してまいりました。楽器(Violin)を左手に、弓(Bow)を右手に持って演奏しています。ヴィオラやピアノも演奏してきました。時に、ヴァイオリンとピアノの同時演奏作品もレパートリーに忍ばせてまいりました。
幸せなことに私は左利きで、同時に左手利きです。ヴァイオリンを演奏する際、私の右手が持つ弓はなかなか思い通りに動いてはくれません。私はそれもひとつの個性と捉えながら、今もなお楽しく、時に厳しくつきあっています。

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ノートルダム寺院の炎上に想う

2019年4月15日。パソコンを起ち上げると、炎に包まれた映像が目に飛び込んできました。驚きつつ見るとそれは、美しい薔薇(バラ)窓で知られるパリのノートルダム寺院でした。
天空まで立ち昇る炎で、歴史に培われたたたずまいがどんどん崩されてゆきます。燃えさかる大聖堂を見ながら、私はある年の秋、部屋の窓からノートルダム寺院を眺められる小さなホテルに連泊していたことを思い返しました。 

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そろそろ やめてもいいですか?

《音楽生活50周年》

そろそろ やめてもいいですか?

1968年4月の火曜日の午後、ヴァイオリンと共に過ごす人生が始まりました。それまで見たこともなかったヴァイオリンという楽器と向き合い、最初に音を出した瞬間を、私は鮮明に思い出すことができます。
楽器や松ヤニの香り、鎖骨から全身に拡がる音の波動、絃を触る指先の感覚……。8歳の春のことでした。
このようにして始まる〈自分史〉は、往々にして苦労話や自慢話へと展開しがちです。よって本篇は、2分で読み切れる〈ひかえめな50年史〉をめざします。
                  

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けざやかな景色

《エッセイ》

“そなたの心はけざやかな景色のようだ”

堀口大學訳によるヴェルレーヌの詩「月の光」の冒頭だ。
このポール・ヴェルレーヌ(1844~1896)の詩にメロディを乗せ、歌曲としたのは作曲家のガブリエル・フォーレ(1845~1924)だった。短くはないピアノによる前奏はそれが歌曲であることを数瞬忘れさせる。
やはりこの詩からインスピレーションを受けてピアノ作品を残したのは、作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918)だ。 “けざやかな景色” の続きを読む

お引越し

《エッセイ》

35年間に、79回も引っ越しした男がいる。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)がその人だ。職業として演奏や作曲・指揮をして生活を営んでいた。
   彼は23歳の時に生地ボンからウィーンに移り住み、ウィーンの中でめまぐるしく転居を繰り返した。数軒を同時に借りていたこともあったというから、ただごとではない。
   転居の際、ピアノの移動はどうしたのだろう、引っ越し業者はいたのだろうか・・・と心配し始めると安眠できなくなりそうなのでやめよう。 “お引越し” の続きを読む

ピアノ。 そして、ピアニスト

《エッセイ》

「ピアニスト」との出逢い。心に響く「ピアニスト」と出逢えたときの喜びは大きい。

鍵盤楽器、とりわけピアノを演奏する人は、この地球(ほし)に星の数ほどいる。しかし、音楽的な感性や知恵よりも、キーを打鍵することが優先される演奏に私は数え切れないほど遭遇してきた。 “ピアノ。 そして、ピアニスト” の続きを読む

「無伴奏」に無歓心

《エッセイ》

「無伴奏チェロ組曲」「無伴奏合唱団」・・・これらの文言に接すると、私は日本が西洋音楽を受容していった時代に想いを馳せる。

いつから「無伴奏」という3文字熟語が巷で使用されるようになったのかはつまびらかではない。ちなみに『広辞苑第六版』(岩波書店)に「無伴奏」の項目は見あたらない。「伴奏」の項目に関連事項としての「無伴奏」表記はない。 “「無伴奏」に無歓心” の続きを読む

『強制収容所のバイオリニスト』 ビルケナウ女性音楽隊員の回想

《書 評》

バイオリニスト
ヘレナ・ドゥニチ・ニヴィンスカ著/田村和子訳 2016年12月25日初版◆新日本出版社

本書は、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の女性囚人音楽隊でバイオリンを弾いていたポーランド人、ニヴィンスカの貴重な記録である。反ナチス活動家を自宅に下宿させたことを理由に逮捕されたアーリア系の彼女は、慎重にことばを選びながら、重い人生体験を綴っている。
複雑に絡み合う人間関係と家族への深い愛情が、事実に即し感情を抑えて書かれている。しかし行間から溢れでる苦闘の足跡に、私の心は揺さぶられ続けた。 “『強制収容所のバイオリニスト』 ビルケナウ女性音楽隊員の回想” の続きを読む

ロベルト・シューマン著 『音楽と音楽家』

《書評》

芸術の深奥に迫る豊かな内容
松野 迅

いりいりと燃ゆるペン先から、炎(ほむら)が立ち昇る。朱(あけ)に染められた情念や情熱もあれば、忿怒(ふんぬ)の黒煙もみえる。
歌曲集「詩人の恋」、「トロイメライ」などの作品で知られる、ドイツの作曲家ロベルト・シューマン(一八一〇~一八五六)は、音符だけでなく数多くの執筆を行った。クララとの愛が連綿と綴られた往復書簡、自ら立ち上げた〈音楽新報〉への執筆と、筆勢は湧出(ゆうしゅつ)する。 “ロベルト・シューマン著 『音楽と音楽家』” の続きを読む