《書評》
芸術の深奥に迫る豊かな内容
松野 迅
いりいりと燃ゆるペン先から、炎(ほむら)が立ち昇る。朱(あけ)に染められた情念や情熱もあれば、忿怒(ふんぬ)の黒煙もみえる。
歌曲集「詩人の恋」、「トロイメライ」などの作品で知られる、ドイツの作曲家ロベルト・シューマン(一八一〇~一八五六)は、音符だけでなく数多くの執筆を行った。クララとの愛が連綿と綴られた往復書簡、自ら立ち上げた〈音楽新報〉への執筆と、筆勢は湧出(ゆうしゅつ)する。
主な筆蹟(ひっせき)を集めたこの書籍だけでも、豊かな芸術の深奥(しんおう)に迫る内容に興味は尽きない。
シューマンの筆によって世に真価を問う扉を得たのは、ショパン、メンデルスゾーン、ベルリオーズ、そしてブラームス。「ショパンの作品は、花のかげに隠された大砲」とシューマンは評す。
またバッハ、ベートーヴェン、シューベルトに贈られる評価の、何と真摯(しんし)なことだろう。
はたまた、音楽界を取り巻く環境、人間、教育に対しての、時に辛辣(しんらつ)な観察と意見は、約百五十年前の筆にもかかわらず現代に照射され、その鋭さに思わず身を捩(よじ)らせてしまう。産業化された音楽や芸術の姿をシューマンが知れば、天を仰いで歎(なげ)いたことだろう。
彼の金剛智は、光速で現在(いま)に飛び込み、これまで僕は幾度となく頭の整理をさせてもらった。何よりも、文字を綴ることで、知識や意識の確認、思考の過程を振り返ることの大切さを学んだ。
本書は、文献にしばしば引用されてきた。文庫版の日本語訳が絶版だった為、しばらく出会えなかったが、東京・高円寺の古本屋に依頼したところ、ほどなく「絶版特価」で見つけてくれた。復刻の声高く、二〇〇七年に改版が出版され、求めやすくなった。
彼の音楽に等しい紅蓮(ぐれん)の炎がここにある。春宵(しゅんよう)に抱(いだ)かれて。 (ヴァイオリニスト)
岩波文庫
〔2008年4月6日付しんぶん赤旗「書架散策」〕 ※ルビは新聞社による