『強制収容所のバイオリニスト』 ビルケナウ女性音楽隊員の回想

《書 評》

バイオリニスト
ヘレナ・ドゥニチ・ニヴィンスカ著/田村和子訳 2016年12月25日初版◆新日本出版社

本書は、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の女性囚人音楽隊でバイオリンを弾いていたポーランド人、ニヴィンスカの貴重な記録である。反ナチス活動家を自宅に下宿させたことを理由に逮捕されたアーリア系の彼女は、慎重にことばを選びながら、重い人生体験を綴っている。
複雑に絡み合う人間関係と家族への深い愛情が、事実に即し感情を抑えて書かれている。しかし行間から溢れでる苦闘の足跡に、私の心は揺さぶられ続けた。

原著の表紙  メインタイトルを直訳すると「私の人生の歩み」

女性音楽隊の指揮者、アルマ・ロゼについては、他者による戦後の評価を検証し、ロゼの置かれた立場と行動に理解の方向を示している。

囚人音楽隊の奏でる音楽が囚人の隊列を前進させる。裂帛(れっぱく)の叫びが楽音と交じり、殺りく現場で演奏が続けられる。響きのかなたに、かろうじてその日を生きぬいた生命が、まどろむ夜。地軸をも震わす彼らの想い。尊厳のかけらもない極限の世界。

音に生命を託す演奏行為が、自らの生命の担保となり、それを耳にする人々の生命が脅かされる。この絶痛絶苦と対峙(たいじ)した音楽家たちと本書で接し、私はしばらく楽器を手に取ることができなかった。

最近私は、ドイツの収容所で若き命を絶ったハンガリーの作曲家クティのソロ・ソナタを演奏している。彼は自伝に「私の藝術的信条は、真実・自由と人間の尊厳に奉仕すること」と記した。クティの想い、ニヴィンスカの警告を未来に伝えるのもまた音楽の力、音楽家の役割であろう。
この地球(ほし)が大きな「強制収容所」にならないために、平和の壁に音の花を咲かせたい。

松野 迅 (まつの・じん) バイオリニスト
〔2017年2月19日付しんぶん赤旗読書面用書評〕 ※ルビは新聞社


2017年夏に102歳のヘレナ・ニヴィンスカさんを訪問した、ジャーナリスト大内田わこさんのレポートが、2017年9月1日付しんぶん赤旗第10面「平和をつなぐ」に掲載されました。そこに、ヘレナ・ニヴィンスカさんのことばがありました。

・・・・・・「しんぶん赤旗」読書面(2017年2月19日付)に掲載された、バイオリニスト松野迅さんの書評も、ちゃんと読んでいました。「自分でいうのもなんですが、真髄を突いた書評と思いました。とても素晴らしかったです」・・・・・・

2016年7月28日、世界若者キリスト教集会に参加したローマ法王がアウシュビッツ強制収容所を訪問した際、ポーランド共和国の古都クラクフに住むヘレナさんは、法王からアウシュビッツに招かれ、祝福を受けました。彼女の101回目の誕生日だったそうです。

2016.7.31 クラクフ(ポーランド)の織物会館広場〔世界遺産〕の夕暮れ。しゃぼん玉が空を舞う。世界若者キリスト教集会に参集した若い人たちで、クラクフの街はあふれかえっていた。 松野 迅撮影

2015.7.20  アウシュビッツにて(松野迅撮影)
2015.7.20  アウシュビッツにて (松野迅撮影)